
上映期間: 10月31日(金)~11月20日(木)
監督: デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス
出演: ミシェル・ルグラン、アニエス・ヴァルダ、ジャック・ドゥミ、カトリーヌ・ドヌーヴ ほか
上映時間: 109分
下らない質問から始まる
「バッハが今生きていたら映画音楽をやっていると思いますか?」
ミシェル・ルグランのドキュメンタリー『世界を変えた映画音楽家』は、そんな問いかけから始まりました。
正直、少し下らない質問だと思ってしまいました。
あまりにも仮定が大きすぎます。
バッハという巨人を現代に召喚して、映画音楽という枠に収めようとする乱暴さに、最初は戸惑いすら覚えてしまいました。
改めて、才能が羨ましいと思います。
ミシェル・ルグランがやってきたこと、残した功績を見ていると、それだけのものがそこにあります。
アカデミー賞を3度受賞し、『シェルブールの雨傘』で映画音楽の可能性を革新し、マイルス・デイヴィスやバーブラ・ストライサンドといった伝説的なアーティストと共演を重ねています。
劇中で印象に残ったことがあります。
ルグランの父親もまた音楽家だったということです。
おそらく功績もあったのでしょう。
けれど本人に父親のことを尋ねても、彼は他の人々-今までに携わった音楽家や監督たちの名前を多く挙げるばかりです。
その語り口から察するに、いい思い出はないんだろうなと感じました。
才能を持って生まれても、その人生が平坦だとは限りません。
むしろ才能があるからこそ、背負わされるものがあるのかもしれません。
ブログが疎かになっていたのは
今回、この映画を鑑賞して私が感じたのは、実はSUNOで制作した楽曲をDistroKidで配信するようになったことを、何とかブログとして発信したいという思いでした。
ミシェル・ルグランとSUNOの配信をどのように繋げれば良いのか。
映画の内容とリンクする部分があり、うまくまとめられれば良いなと感じていましたが、悩んでいるうちに時が経ってしまいました。
改めて、ここで経緯を含めつつ記事にしようと思います。
2025年夏、崩壊の連鎖
振り返ると、私の2025年は7月から何かが壊れ始めていました。
外付けハードディスクがクラッシュ、その影響でパソコンが故障、更にスマホは水没して動かなくなり、追い打ちをかけるように炊飯器まで壊れました。
まるでドミノ倒しのように、身の回りのものが次々と機能を失っていきました。
去年から無職だった私が、久しぶりに仕事を始めたのもその頃で、7月から8月と短い契約期間でした。
新しい環境に入ったことをきっかけに、いろいろなことが動き出したのか、それとも崩れ出したのか。
7月以降、騙し騙し使っていたパソコンのCPUが70〜80%を行き来し、ブラウザを開くたびに突然落ちることが多くなったため、とうとう新しいパソコンを買いました。
開いてみると電源コードがなく、無線LANのつもりがなぜか有線でした。
勘違いしたのか、説明が不十分だったのか。
プリンターは純正インクじゃないと文句を言って印刷を拒否し始めたので、結局純正ではなくても文句を言わないプリンターに買い換えました。
SUNOには去年から触れていて、今年の2月か3月にサブスクに入りました。
その頃は、自分でCDに気に入った曲を焼けたらいいなくらいに思っていました。
ちまちまと楽曲を作っては、保存していました。
でも外付けハードディスクのクラッシュで、楽曲を含め書類関係、多くの画像関係、いろいろと集めていた全てをこの時に失ったことで、心が折れてしまいました。
サブスク料金を払いながら、何も作れない日々が続き、相当無駄だなと9月くらいまでずっと思っていました。
9月、音楽配信という選択
8月いっぱいで契約が終了し、再び無職になりました。
短い夏の仕事が終わりました。
「このままではいけない」-心の底で何かが動いた瞬間でした。
言葉にするほど明確ではなかったけれど、何かを変えなければという焦燥がありました。
そんなとき、DistroKidが30%割引のメールを送ってきました。
SUNOを収益化できないか、いろいろと模索していく中で見つけた配信サービスです。
AIに聞いてみました。「これ、買いかな?」「買いだよ」と返ってきました。
そこから、私の音楽配信が始まりました。
SUNOでガチャを回すように曲を生成し、Audacityで切ったり繋いだり、編集を重ねる日々です。
ガチャ要素が多いから、結構切ったり、足してみたり、いろいろと工夫はしています。
フェードインやフェードアウト、コンプレッサー、ノーマライズ——でもうまく繋げられないことも多くあり、いろいろと悩みぬきます。
音楽理論があるわけでも才能があるわけでもなく、ただ、何かを作っています。
そのために最近、ブログの投稿がおろそかになってしまいました。
音楽を作ることと、文章を書くこと。
どちらも創作だけれど、時間とエネルギーは有限です。
特にうまく繋げられない曲と格闘していると、言葉を紡ぐ余裕がなくなっていました。
そんな時に今回の映画に出会い、鑑賞したのは11月15日のことでした。
ミシェル・ルグランのドキュメンタリーを観て、ブログにアップしたいと思いながら、気付けば一週間も過ぎてしまいました。
どう書いていいかわからなかったのと、感想があまり出てこなくて悩んでいました。
才能への羨望と、自分が音楽を作っているという事実の二つをどう繋げればいいのか。
人生を振り返ると
改めて思います。
私は去年の5月から今年の6月いっぱいまで無職でした。
この1年余り、多くの仕事を受けながら落とされる日々が続きました。
派遣会社からの連絡で受けたところ、当日のうちに採用に至りましたが、努力を重ねたつもりでも2ヶ月で契約終了となりました。
考えてみると、仕事は転職ばかりです。
30年近く前は障害者ではないと思っていましたし、その後20年近くはそう思っていました。
ただ、ハローワークの職員に指摘されたことを契機に、支援センターで検査を受けることになり、最終的に判明しました。
今でも、私自身は普通だと思って生活していますし、一般の会社ばかり受けています。
確かに生きづらさは感じるので、納得はしています。
だからこそ、今回のような楽曲の配信は私からしてみると「こんな方法もある」と思えました。
挑戦する意味があると思ったんです。
ブログにしても、昔とは生き方もいろいろになり、選択肢が増えたことは私にはありがたいことです。
ただ稼げるからやってみたという安易な考えではなく、切実な思いで戦い始めた -そんな思いが強いのかもしれません。
プロの矜持と、私の立ち位置
先日、NOTEで音楽業界の人がAI音楽制作について書いているのを読みました。
褒められた内容ではありませんでした。
プロにはプロとしての意地があるようなことを言っていて、そうなんだよなと思いました。
音楽理論なしでは質の高い作品は生まれない——そういう考えがあることは、わかります。
ミシェル・ルグランを始め、マイルス・デイヴィスやバーブラ・ストライサンド、バッハやベートーヴェン、モーツァルトといった唯一無二の作曲家たち。
楽器を演奏する人、唯一無二の才能を持つ多くの人 -彼らは生き残っていくでしょう。
つまり、それぞれの役割で棲み分けがなされるようになるのではないでしょうか。
才能がないということ
ミシェル・ルグランは才能を持って生まれ、私は持たずに生まれました。
彼は幼い頃から音楽に囲まれ、パリ音楽院で学び、20代でジャズピアニストとして頭角を現し、やがて映画音楽という舞台で世界を変えました。
父親の影を抱えながらも、あるいはその影があったからこそ、彼は音楽史に名を刻んだのでしょう。
私はSUNOでガチャを回し、Audacityで切り貼りし、DistroKidにアップロードします。
才能の代わりに、ツールがあります。
音楽理論の代わりに、試行錯誤があります。
天才の直感の代わりに、偶然性があります。
偶然性の中から、素晴らしいものができることも多々あります。
もちろん、生成されたものの中にはフェードアウトしていない、突如切れてしまうものも多く、そういったものの加工はどうしても必要になってきます。
ガチャ要素が強いと、せっかく素晴らしい楽曲でも間に途切れ途切れガチャが入ることもあります。
それでも私は、ある方法で8割は解消することを知りました。
YouTubeで動画編集ソフトFilmoraの編集についての動画を見ていた時に、突如切れた時の対処法を聞いたことがあり、もしかしてあの方法では -と思いついたんです。
2割はうまくいきませんが、それでも8割は繋げられます。
それは劣っているのでしょうか?
そうかもしれません。
でも、それでも音楽を作ることは選べます。
映画の中で、ルグランは死の直前までブルーノート東京での公演に情熱を燃やしていました。
日本を愛し、『ベルサイユのばら』の音楽を手掛け、「ディ・グ・ディン・ディン」という曲が今もCMで流れ続けています。
彼の音楽は、国境を越え、時代を超えて生き続けています。
私の曲は、どこまで届くでしょう。
SpotifyやApple Musicに並んだ楽曲たちは、誰かの耳に届くでしょうか。
それでも、TikTokで動画に使っている人や、InstagramやSpotifyの検索で私の名前を入れると配信されているんだなと実感します。
今は、アカペラだったり、ミニマルテクノ、スピリチュアルテクノ -心が震えます。
せっかく届けるのだから、少しでも届いて反応があることがとても良いです。
残念ながら、今DistroKidでは配信の結果までは分からないので、もう一段階上げなければなりません。
きっと、1月くらいには結果が分かるのではないでしょうか。
作り続けることは選べるのですから。
継ぎ目だらけでも
うまく繋げられない曲が時々あります。
SUNOで生成された断片が、どうしても自然に流れていかないとモヤモヤし、試行錯誤して編集を重ねても、継ぎ目が目立ってしまいます。
音楽理論があれば、もっとスムーズに繋げられるのかもしれません。
才能があれば、そもそも継ぎ目なんて生まれないのかもしれません。
でも、その「繋がらなさ」が、今の私なんだと思います。
ミシェル・ルグランのドキュメンタリーを観て、感想がうまく出てこなかったのも同じです。
映画と自分の生活が、どうしても自然に繋がっていきません。
才能への憧憬と、SUNOでの試行錯誤。
映画音楽の巨匠と、無職の私。
その断絶は、どう埋めればいいんでしょう。
でも今、この文章を書いています。
継ぎ目だらけでも言葉を繋いでいます。
完璧な感想ではないかもしれません。
骨太な評論でもないかもしれません。
それでも、ミシェル・ルグランの映画と、私の2025年の夏と秋が、少しずつ繋がり始めています。
才能を持たずに音楽を作り、
感想がうまく出ないまま文章を書き、
それでも、作り続けます。
障害があっても、そんな人生だから。
あらがいながらでも、生き抜いて見せます。
その選択だけは、今日も私の手の中にあります。