
作品について
原作は村上春樹の傑作短編連作『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫刊)です。
岡田将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市、堤真一ほか豪華俳優陣で映像化されました。
物語の鍵を握る"かえるくん"の声をのんが演じています。
監督は連続テレビ小説『あまちゃん』、映画『その街のこども』など数々の話題作を手掛けてきた井上剛。
脚本を『ドライブ・マイ・カー』の大江崇允、音楽を『花束みたいな恋をした』の大友良英が手掛けています。
本作はNHKドラマ「地震のあとで」(2025年4月放送)と物語を共有しつつ、4つの時代を結ぶ新たなシーンが加わり、30年という時代のうねりを映し出した1本の映画です。
ストーリー:
1995年の阪神・淡路大震災以降、それぞれ別の時代・場所で喪失感を抱える4人の人生が交錯し、2025年の現代へとつながっていく様子を描きます。
誰もが抱える不安と孤独を、マジックリアリズムを交え描き出した先に提示されるのは人との繋がり、そして目に見えない想像力の大切さです。
「未来はあなたの想像力次第でどんな風にも変えられる」というかえるくんの言葉に導かれ、主人公4人がたどり着いた答えとは―。
正直な感想:完璧には理解できませんでした
村上春樹作品は有名な割に、『1Q84』くらいしか読んだことがありません。
今回は『神の子どもたちはみな踊る』という連作短編が原作とのことですが、原作を読まずに挑戦しました。
実は少し前に、Eテレの「100分de名著」で『ねじまき鳥クロニクル』の特集を観て、BOOKOFFで上巻を購入したものの、まだ下巻すら買えておらず積読状態です。
そんな状態で観たこの映画は、正直一度観たきりでは理解しきれない重さがありました。
三つの構成、それぞれの主人公
この映画は三つの構成になっていて、それぞれに主人公がいます。
その中でキーマンだけが何となく、かえるくんとのつながりが見えているようで見えてない感じで登場していました。
佐藤浩市は一番最後の短編で出てくるのですが、真っ白な髪が印象的でした。
あれは染めたものなのか、それとも年齢による自然なものなのか。
格好良い人は、どのようなことをしても格好良いものです。
改めてそのように感じました。
堤真一のたき火のシーン
特に印象に残ったのは堤真一が演じる人物です。
神戸の震災前に家を出たと語っていました。
行きついた場所で毎日のようにたき火をしている生活。
たき火のパチパチという音、温かさ、そこからいろいろと感じることがありました。

映画の中で彼が語る「理想の死に方」は、冷蔵庫の中に閉じ込められて窒息して死ぬこと。
何か深い喪失感や孤独を感じさせるセリフでした。
他の人のレビューを見て
多くの人が「世界観を理解できない」「途中から寝てしまった」「かえるくんに違和感を感じる」といった感想がありました。
一方で、「世界観がよく分かった気がする」という人もいて、感じ方は理解度や村上春樹の世界観に慣れているかどうかで様々なようです。
通常の連作短編は、同じ時代、比較的近い場所で、それぞれ繋がってはいないけれど顔見知りという距離感で描かれることが多いです。
しかしこの映画は時代も超えたもので、連作短編と言えるのか、それとも単純に独立した短編集なのか。
「失われた30年」という大きな時間軸を扱っているからこその難しさがあるのかもしれません。
それでも感じた「村上ワールド」
分からないというより、「村上ワールドってこんな感じ」という何となくの理解はあります。
以前『1Q84』を文庫本で8冊ほど集中して読んだ記憶がありますが、あの作品もSFでありながら、どこか通じる世界観がありました。
毎回思うのは、現実の世界と異世界を行き来している感覚です。
かえるくんもそんな存在で、見える人は限られているらしいです。
もちろん映画を観ている私たちには見えていますが、その存在自体に違和感を覚える人が多いようです。
自分の場合、SF好きということもあって、こういった不思議な存在が登場する世界観は意外と受け入れやすいです。
観るきっかけになったのは大友良英の音楽
音楽を大友良英が手掛けているというのも、この映画を観るきっかけになりました。
彼の音楽がどのように物語を彩っているのか、それも楽しみの一つでした。
最後に
完璧に理解できたわけではありません。
でもそれでいいのかもしれないと思いました。
村上春樹の作品は、理解するというより「感じる」ものなのかもしれません。
いろいろな出来事のその後を描いた作品で、大惨事の中の人の心の動きを捉えたものです。
日々目まぐるしく変化する時代に生きる私たちが、今再び大切なものを見つけ出すための希望の物語-そんな風に受け止めました。
一度観ただけでは掴みきれない何かがあります。
でもそれは決して悪いことではなく、もう一度観たくなる理由になるのかもしれません。