作品情報
上映期間:7月4日(金)~7月17日(木)
監督:レティシア・ドッシュ
上映時間:81分
あらすじ
負け裁判ばかりで事務所から解雇寸前の弁護士アヴリルは、次の事件では必ず勝利を勝ち取ろうと決意する。そんなとき、ある男から絶望的な状況にある犬コスモスの弁護を依頼される。
アヴリルはどうしても見過ごせず、またもや勝ち目のない犬を弁護するという不条理に飛び込んでしまう。犬の命がかかった裁判が、にぎやかにときにコミカルに展開する、実話に基づいた法廷コメディ。
作品への印象と考察
弁護士という職業への疑問
「犬の裁判」というタイトルから、どのような内容なのか想像がつきにくい作品でした。
主人公は負け続きで苦境に立たされている弁護士という設定ですが、最近、映画やドラマで描かれる専門職の人物像に違和感を覚えることが多くなりました。
弁護士、医師、検察官といった職業の人々は、しばしばコミカルで少し抜けたキャラクターとして描かれます。
しかし実際には、これらの専門職に就く方々は並外れた知性と高度な専門知識を持つ存在だと感じています。
優秀な弁護士や名医といった人物が、同時に茶目っ気のある一面を持つという設定には、どうしても自然な共感を抱きにくいのです。
ただし、人間は多種多様であり、あらゆる側面を持ち合わせているのが当たり前なので、そうした多様性を受け入れることも重要なのでしょう。
作品が投げかける根源的な問い
本作の核心となるのは、犬が3人の人物に噛み付いたという事実により、罰金刑と安楽死の命令を受けるという展開です。
これは、動物が法的に「物」として扱われるという、多くの国に共通する考え方を反映しています。
作品中では、スイスにおいて動物が人に怪我を負わせた場合、法律により安楽死が命じられることがあると説明されており、この事実が物語の根幹をなしています。
この状況は、「人間はそれほどまでに偉大な存在なのか」という根源的な問いを鑑賞者に投げかけます。
作品中で裁判の対象となる犬は、普通の家庭で飼われている犬です。
この犬を演じたのは、役柄に適した犬がなかなか見つからない中、サーカス犬3匹を連れてきたうちの1匹で、その雰囲気の良さから選ばれたということです。
普通の家庭犬が、法律上は単なる「物」として扱われることの矛盾を、この作品は浮き彫りにしているのです。
興味深いのは、劇中で噛まれたデンマーク女性の反応です。
スイスに移住してきたばかりの彼女は、食事中の犬に触ろうとして噛まれたにも関わらず、「私の国では食事中でもそんなことはなかった、今までに何匹も飼ってきてそんなことはなかった」と激怒していました。
しかし、犬が食事中に触られることを嫌がるのは一般的な習性であり、経験のある飼い主なら避けるべき行動です。
この女性の反応を見ていると、本当に犬を飼った経験があるのか疑問に思えてきます。
この描写は、動物の習性を理解せずに接する人間の無知さや、文化的な違いを理由に動物の本能的な行動を否定する傲慢さを表現しているのかもしれません。
監督の社会的メッセージ
監督のレティシア・ドッシュは、ジェンダーに対する確固たる信念を持ち、「自分の人生は自分の力で切り開いていくべきだ」という強い意志を貫いています。
また、動物を取り巻く環境問題にも深い関心を寄せており、森林破壊、海洋プラスチックごみ問題、マイクロプラスチックによる海洋汚染といった課題に対する危機感と、障害を持つ人々への深い共感も作品から感じられました。
日本における動物の法的地位
日本では、法律上、ペットは「物(動産)」として扱われることが一般的です。
これは、民法が土地と定着した物以外を「動産」と定義しているためです。
しかし、動物愛護管理法など、動物の命の尊厳を重視する法律も存在し、動物を単なる「物」として扱うだけでなく、命あるものとして保護する考え方も重要視されています。
法律上は所有権の対象となる「物」として扱われる一方で、動物愛護の精神に基づけば、かけがえのない「命あるもの」として尊重されるべき存在であるという、二つの側面を持ち合わせています。
近年、ペットを単なる所有物ではなく、かけがえのない家族の一員として捉える人々が社会全体で増加しています。
この価値観の変化は、動物の権利保護や動物福祉向上に対する意識の高まりに直結しており、現行の法律や社会規範についても、より包括的な保護や配慮を反映する形で将来的に改正されていく可能性が十分に考えられます。
作品の印象的な要素
エンディングテーマ「もし私が鳥だったら」
エンディングテーマ曲「もし私が鳥だったら」は特に印象的で、心に深く響く楽曲でした。
悲しいメロディーが忘れられず、後に公式ページなどで詳細を調べようとしましたが、具体的な情報は得られませんでした。
個人的な解釈になりますが、この曲は鳥になりたいという願望と、嫌われ者である蛇という自己認識との間で揺れ動く複雑な心情を描いているように感じます。
外見だけで人を判断してしまうことの問題性を歌っているのかもしれません。
総合的な感想
結論として、これをエンターテイメント性の高い映画として製作したことに少し疑問を感じました。
真面目な社会派映画としての側面も強かったので、そうした方向性でも良かったような気もします。
多くの内容を盛り込みすぎて少し散漫な印象を受けましたし、性的描写についても物語上の必要性を疑問に思う部分がありました。
過度な性的描写は、観客の没入感を阻害する可能性があるため、控えめな表現に留めるべきだと感じます。
賛否両論あるとは思いますが、自分なりには楽しめた作品でした。
動物の権利や人間と動物との関係性について深く考えさせられる、意義深い映画だったと思います。
著名人のコメント
菊地幸夫(弁護士) 「ペットは物ではない!命がある家族だ!」そうだ、そうだと犬の飼い主たる私も頷いてしまうが、犬は本当に我々の仲間か?仲間ならば裁かれる身に相応しいか?我が家の犬もその愛らしい眼差しの奥底に、実は我々とは全く別の世界の光が宿っているのでは。様々な暴力を風刺や笑いで織り上げた、いつもとちょっと違うテイストの本作を是非御覧あれ!
菊間千乃(弁護士) 「犬は物か否か」という裁判を通して描かれるのは、自分が信じる"正義"とは異なる価値観や正義が、この社会には数多く存在するという現実。自分の正義が、必ずしも"真の正義"や"唯一の正解"ではないという気づき。分断が深まる今の時代だからこそ、多くの人に観てほしい作品です。
杉本彩(女優・作家・ダンサー、公益財団法人 動物環境・福祉協会Eva理事長) 「すべての生物は人間の愛玩品ではない」犬を弁護するアヴリルの言葉に深く感銘を受けた。『犬の裁判』は、一頭の犬の運命を通して、人間の身勝手さ、他の命にやさしくない社会の仕組みについて問いかけている。この映画を通じて、動物の声なき声に耳を傾け、命の重みと、人と動物との関わり方について見つめ直すきっかけにしてほしい。


