資格は誇りじゃない。生き様だ。

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最近、ようやく新しい職場との縁に恵まれました。

今回は「なぜこれまで数多くの資格を取ってきたのか」、そして「それが自分にとってどんな意味を持っていたのか」を振り返ってみたいと思います。

資格を取ることで何を得ようとしていたのか

私はこれまでに多くの資格を取得してきました。

Microsoft Office Specialist 2003、2007(Word、ExcelPowerPointAccess)、甲種危険物取扱者フォークリフト玉掛け、クレーン、有機溶剤作業主任者、ガス溶接、ボイラー技士、CAD利用技術者、eco検定など──

こう並べると、何かを誇示したいのかと思われるかもしれません。

レオナルドAI

でも、私にとって資格は「すごいでしょ」と胸を張るためのものではありません。

「これだけ努力してきました」という生き様の証でした。

なぜ私は離職中も動き続けるのか

無職期間というのは、社会から隔絶されたような気持ちになりがちです。

実際に私は、注意欠如多動症ADHD)の特性があることもあって、孤立しやすく、人間関係でつまずくことが多く、転職回数も少なくありません。

それでも「何もしないでいると自分が壊れてしまう」という気持ちがあって、資格を取ったり、図書館に通ったり、ブログを書いたり、レオナルドAIやAffinity Designerで画像編集を学んだり、Udemyで講座を受けたり……できる範囲で挑戦を続けてきました。

それは、自分にできる最大の抵抗であり、証明でもあります。

空白を遊びで埋めたくなかった

離職中に「まぁ今は休む時期だから」と言って、趣味に没頭することももちろん大切だと思います。

でも私は、どこかでそれを"逃げ"のように感じてしまう。

レオナルドAI

社会から抜け落ちるような感覚──「自分が必要とされていない」という寂しさや悔しさを、遊びでは埋められませんでした。

だからこそ「やるだけやった」と思えるように、一日一日、何かを積み重ねてきました。

自分の生き方を否定させたくない

後になって「あの時、もっと努力していれば」と後悔したくない。

そして、努力だけでもしている姿を見せなければ、自分の生き方そのものを否定されているような気持ちになってしまう。

そんな思いが、私を動かし続けてきました。

最後に

自分のように、転職が多かったり、うまく人と関われなかったり、何度も立ち止まりそうになったりする人もいると思います。

それでも、自分がどう生きたか──「今できることをやったかどうか」だけは誤魔化したくないのです。

働く \= 生きる

これは、私の想いです。

あなたは、社会からこぼれ落ちていると感じることはありますか?

そんな時、あなたは何をしていますか?